ココロのオオウラ

ADHDとメンタル、障害者雇用の話

メンタル崩壊図鑑 その2

 
このシリーズに関しては必ず初回の説明をご覧いただいてから、できれば順番に読み進めてほしい。
 

あらすじ

 
追い込まれ度  ★★★☆☆
 
 
恐怖の税務調査が始まった。最初の数回は同じ部署の上席調査官の方々にOJTとして同行してもらえるものの、調査先の社長や税理士の前で「今何の調査をしてるんですか?」と聞けるはずはない。そう、税務署は今の時代考えられないような、「見て盗む」職人の世界だったのである。当然、WAIS-Ⅲで知的統合が80ちょっとしかないADHDの管理人に調査の手順が理解できるわけがなく、あっという間にOJTは終わってしまった。
 
 
まして元々やりたくない仕事だ。体育会系の弊職場においては、「仕事が覚えられなければ早朝に出勤して先輩の作った調査資料を盗み見せよ」などという意味不明な言説がはびこっていたが、そんなやる気が突然わいて出てくるわけもなく、さらに仕事が理解できなくなるという超悪循環に陥り、体調は右肩下がりに悪化していくのだった。
 
 
そんな折、指導係を買って出ていた上席調査官が、管理人にいらだちを見せ始める。知覚統合凹のADHDは叩き上げの昭和おばさんと反りが合うわけがない。日に日に彼女のモラハラパワハラ的言動がエスカレートしていき、2人きりになると決まって嫌味をこぼすようになるのだった。当然、管理人に反論できるわけもなく…。
 
 

異常な眠気

 
 
迷惑度  ★★★★★
対処難易度  ★★★★☆
 
 
朝から晩までひっきりなしに眠気が襲ってきて、起きていられなくなる。この症状が最もひどかった時、休日は16:00に起床し、せっかくの休みに何もできなかったとひどい絶望に襲われた。原因は不明。ADHD特性と合ってない仕事をし過ぎて消耗したり、精神的にショックな出来事が立て続けに起きたりするとこの症状がよく出る。医師によると、いたたまれないシーンに出くわしたとき眠気に襲われるのはADHD特有の症状らしく、健常者には起こらないらしい。えっ、まじで。知らなかった。現在はコンサータストラテラを飲むことである程度眠気の対策はできるが、症状が重すぎるとどうしようもない。迷惑かつ対処が難しい、嫌な症状である。
 
 

食欲がなくなる

 
 
迷惑度  ★★★★☆
対処難易度  ★★★★☆
 
 
変なことが気になってしまって食事がとれなくなり、しだいに食欲自体がなくなる。OJTの際、同行してくれる上席調査官と一緒にレストランで昼食をとるのだが、業務のわからなさといたたまれなさで食事がのどを通らなくなり、一人で調査に行くようになった後も「今食事をとったら午後眠くなるかもしれない」という、わけが分からない理由でコーヒー1杯で昼食を済ますようになるのだった。この症状も重くなると対策のしようがなく、非常に迷惑。前述のエピソードではなんと体重が7kgも減った。
 
 

視力低下

 
 
迷惑度  ★★★☆☆☆
対処難易度  ★★☆☆☆
 
 
管理人は基本的に健康運が最悪なのだが、視力だけは両目1.5と非常に恵まれていた。ところが、前述のエピソードの合間に健康診断があり、視力検査を受けたところ、右目の視力が0.3まで落ち込んでいることが発覚。眼鏡いらずが数少ない自慢だったのに作る羽目になり、アイデンティティが崩壊した。ちなみに、片目だけ視力が悪いのを「不同視」といい、ひどくなるとコンタクトレンズでしか対策ができなくなるらしい。浪費家かつADHDでめんどくさがりの私はこの情報を知り戦慄したものである。
 
ストレス発散のため寝転がりながらスマートフォンを見ることが多かったため、これが原因だと思いこんでいたが、国税局を辞め今の会社に転職したところ右目の視力が0.9まで回復したので、真の原因はストレスだったと考えられる。ストレスこわい。
 
 

スケジュール帳が開けなくなる

 
 
迷惑度  ★★★★★
対処難易度  ★★★★☆
 
 
先の予定が憂鬱すぎて、「見ても意味がないだろ」とばかりにスケジュール帳を身体が拒否するようになる。紙の手帳だろうが手帳アプリだろうが開くことができなくなるのは同じ。私はADHDにもかかわらず、なぜか予定を覚えておくことが得意ですっぽかしは少ないのだが、予定を常に頭に入れておくためのリソースを食うので、燃費が悪いことこの上ない。今は転職して実害が少なくなったが、毎日のように税務調査や面接の予定が入る国税専門官時代は死活問題だった。迷惑だが症状の出方が分かりやすいので、私はこの症状が出たら丸1日休みを取ることにしている。
 
 

共通点:優先順位の崩壊

 
 
段々症状が不穏になってきた。これらの症状の共通点は、「優先順位の崩壊」だ。頭や体が一番大切な事柄を理解できなくなり、おかしな動きをして私生活に支障が出る、といった具合である。ちなみに少しネタバレになってしまうが、私はこのあたりからうつを疑い、精神科の受診を考えるようになった。予約を取るのに苦労して結局受診できるのは2か月後になるわけだが、そのくらい生活が立ち行かなくなったということでもある。当時は実家暮らしをしていたので、一人暮らしの方はもっと大変かもしれない。似たような症状が出てきた方、くれぐれも無理なさらず、病院に行くことを検討してほしい。

【メンタル雑記】「生きてるだけでえらい!」って…言われてうれしいか?

 

お久しぶりです

 
 
ここのところ、更新が滞ってしまっていた。経理という仕事柄、月初はまあまあ忙しいのだが、9月は勤務先の四半期決算にあたるため、合わせ技でさらに忙しい。残業縛りをしていて空き時間が見込まれる障害者雇用の身でもそれなりに需要があるらしく、追加の仕事を振りに振られて記事のことを考える時間が無くなってしまっていた。まして、アラサーの、急に寒くなった秋の日だ。そのせいか、はたまた偶然かわからないが、友人や身近な人が病気になったとか、仕事を辞めたとか、そういった「人生の曲がり角」的な報告をいくつも受けて戸惑いを感じてもいるのだった。
 
 

ハードルを下げ下げ戦法

 
 
あんなに暑かった10月の頭が嘘のように、ここ数日、寒い。メンタルに不安のある人も、そうでない人も、体調を崩されてはいないだろうか。台風シーズンが過ぎ去ったこの時期、私は比較的元気なのだが、寒暖差が激しいと自律神経がいかれて体調を崩す人が多くいるらしい。そういう人に向けてよく発信されるフレーズ、皆さんも心当たりがないだろうか。
 
 
「生きてるだけでえらい!」「電車に乗れてえらい!」「出勤できるなんてえらい!」
 
 
いわゆる、「ハードル下げ下げ戦法」だ。この戦法はどうやらいろんな人に刺さるらしく、ツイッターでは健康をつかさどる職業アカウントが度々こういった発言をしてはバズっているし、こんなことばっかり言っている某ペンギンのキャラクターも、ちょっと前に流行ったくらいである。だから、私も多く目にするのだが、どうしても心に刺さらないのだ
 
 

子供じゃないんだから

 
 
パワハラのやり口として、「簡単すぎる仕事を任せる」という方法があるということをご存じだろうか。あるいは、老人ホームや障害者施設で、職員たちが入居者に赤ちゃん言葉を使っているシーンを目の当たりにして、モヤっとしたことはないだろうか。「ハードル下げ下げ戦法」に関しては、これらと同じような屈辱感を感じてならない。いやあんた、言葉のプロなら、子ども扱いせず的確にほめろや、と言いたくなってしまう。
 
 

問題から目をそらせと言われている感じ

 
 
落ち込んでいる人に対して、「止まない雨はない」と声をかける人がいるが、このフレーズに関しては「いや、今降ってるこの雨がしんどいんだよ」と、色んな人にぶった斬られている。
 
 
前述のフレーズに対しても、同じことが言えるのではないか?私はADHDをカミングアウトしたとき、とある人に「でも、あんた会社に遅刻したりしないじゃん」と言われて、何ともいえない気持ちになったことがある。いや、会社に行けても仕事が全然できなくて困ってるんだよ!困りごとから目をそらさせるなよ!とつい憤ってしまったものである。
 
 

通りすがりの一度きりで十分

 
 
まあ、通りすがりのツイートや、街中のペンギンのポスターにそこまで求めるのは酷だとも思う。おそらく、この「ハードル下げ下げ戦法」は、ごくたまにやってくるどうしようもないときに、自分で発令するからこそ効果があるのだ。「子どものやったことですから」と言っていいのは被害者だけであるのと同じように。他人にあれこれ言うのは野暮というものである。
 
 
したがって、ハードル下げ下げ戦法は「そういうコマンドがあるよ」と知ることができれば十分なんだと思う。この戦法を使ったツイートが鼻につくようになってしまった私は人生に疲れて意固地になっているのか、それともツイッターの見過ぎなのか。止めてくれとは言わないから、後世に細々と伝わるように、フォロワーに飽きられない頻度で拡散されてほしいものである。

メンタル崩壊図鑑 その1

 
すっかり間が空いてしまったこのシリーズ。
必ず、前回の説明をご覧いただいてから、できれば順番に読み進めてほしい。
 

更新が遅れた理由

 
 
深刻度については医学的な指標ではなく、生活の追い詰められ度合いを指すことにしたが、どうすれば伝わりやすいか困り果て、何日も間が空いてしまった。かの有名なストレスマグニチュードに沿って何が起きたか淡々と説明することも考えたが、それだとつまらないので、ここは思い切って、私が前科一犯になった際に起きたストーリーを【あらすじ】として差し支えない範囲でお伝えしていこうと思う。経歴に癖がありすぎるので、似た境遇の人がいるかどうかは謎だが、まんべんなくひどいことが起きたので、題材的には結構ウケると思っている。前述したストレスマグニチュードを見ながら読んでいただくとさらに参考になるかもしれないので、リンクを貼っておく。
 
 

あらすじ

 
 
追い込まれ度 ★★☆☆☆
 
 
公務員試験を受けたものの第一志望の裁判所職員になり損ね、意図せず国税専門官になってしまった管理人。1年目は窓口業務に配属されるのをいいことに仮面浪人を決め込んだが、思いのほか残業が多いせいで勉強時間の捻出に失敗し、転職活動は頓挫。そうこうしているうちに、税務調査部門に配属されることになった。同じ部署の上席調査官(民間企業でいうところの主任)は今のところ親切に仕事を教えてくれるが…?
 
 

ひどい肩こり

 
 
迷惑度  ★★☆☆☆ 
対処難易度  ★★★★☆
 
 
ストレス強度がちょっとでも上がると出現する症状。派生の症状として歯の食いしばりがあり、ひどくなるとさらなる頭痛と肩こりを呼び起こして悪循環に陥る。この症状自体は私にとってはありふれているため、肩こりがひどいからヤバいとか、そういった判断の指標になることはほぼない。整体に行ってほぐしてもらっても、1時間後には元通り。もはや、肩こりとともに生きてしまっている。
 
 

片頭痛

 
 
迷惑度  ★★★★☆
対処難易度  ★★★☆☆
 
 
一時的なストレスにさらされ、一気に解放されると起こることの多い症状。ADHDをはじめとする発達障害者は過集中しやすいので、悩まされることが多いらしい。
 
 
一般的な緊張性頭痛とは異なり、前駆症状がある(ない人もいる)。私の場合は「閃輝暗点」といって、目がチカチカして視野が半分欠ける視覚障害が30分ほど続く前駆症状があるのだが、これが限りなく厄介。チカチカしているさまはスマホ画面に水滴がかかったような感じで超絶気持ち悪いし、単純に視野が半分欠けると危なくて満足に歩けなくなる。
 
 
前駆症状が治まって10分くらいすると一気に頭が痛くなるが、おまけの症状である吐き気と、光やにおいが一切ダメになる現象の方がきつい。暗い部屋で安静にしつつ眠りにつければ苦痛からはかなり逃れられるが、仕事中だとそうもいかない。大体トイレに行って吐く羽目になる。私の場合、片頭痛発作の持続時間は4時間ぐらいだが、これはかなり短い方で、数日単位で続く人もいるらしい。
 
 
片頭痛専用の薬があるが、飲むタイミングが難しく、値段もべらぼうに高い(先発品だと自己負担3割で1錠300円くらい。今はジェネリックもあるが、効果がまちまちらしく、嫌う医師も多い)。ちなみに、表記は「偏頭痛」ではなく「片頭痛」が正式。
 
 

衝動買い

 
 
迷惑度  ★★☆☆☆
対処難易度  ★★★★☆
 
 
実用的な面と気分的な面両方でストレスの解消をモノに頼ってしまう症状。しかし、ストレスを理由に買い物をするのはよっぽどのことがない限りお勧めしない。お金が無くなるし、買ったものについて「これを買った時は嫌な時期だったなあ」と、嫌な記憶が残ってしまうからである。管理人はもともと浪費家なので、この症状も指標としてあまり役に立たないが、ストレス初期症状によく出てくる。
 
 

ジャンクフードが食べたくなる

 
 
迷惑度  ★★☆☆☆
対処難易度  ★★★★☆
 
 
ストレスの解消を食事に頼ってしまう症状。管理人は食事にあまり興味がないが、ジャンクフードと辛いものが大好き。珍しく食事に興味がわくと食べたくなるのはこれらで、「あ、ストレスたまってるな」と気づくことがしばしば。結構役に立つ指標だったが、コロナ禍をきっかけにエビリファイを飲むようになってからコンサータストラテラで絶え絶えになった食欲が回復したので、この症状だけだと分かりづらくなってしまった。
 
 

次回からが実質本番

 
 
お気づきの方もおいでかもしれないが、まだまだ序章だ。このレベルのストレス反応が出るのはADHDの私にとって日常茶飯事なので、「ああまたか」と思って終わってしまうことがほとんど。次に紹介するフェーズの症状が初めて出てきたとき、「まずいな」と思って病院に行くと思う。というわけで、次回をお楽しみに!

【ADHD解説】なぜ就職でつまづくのか

 

大人の発達障害

 
 
「大人の発達障害」という言葉がある。ADHDをはじめとした発達障害は通常、幼児期に診断されるものというのが、医療現場での共通認識のようだ。療育や合理的配慮(この言葉は本当に嫌いだが、それについては後日別の記事で取り上げようと思う)、そして適切な投薬治療を経て成人し、就職して社会へはばたく―みたいな筋書きが、どうも支援者にはあるらしい。それの対比としての「大人の発達障害」である。
 
 
その証拠に、ツイッターを散歩していると、発達界隈ではお子さんの療育についてつぶやいている方や療育に携わっている方のつぶやきを多く見ることができる。コンサータストラテラなど、ADHDの治療薬は大体小児用からスタートするし。発達障害についての記事を見つけたまではよかったが、最後の結論が「適切な療育」とか書かれていてがっかりすることも結構ある。こんな記事とか。
 
 
 
 
 

なぜ就職でつまづくのか

 
 
しかし、実際のところ、ADHDをはじめとした発達障害は就職を機に露呈されることも多いのではないか。周囲が寛容だったり、WAIS-Ⅲで「言語理解」が高くて勉強ができるタイプだったりすると、さほど苦労せずに「生き残れて」しまうのだ。ちなみに、私も就職(厳密にいうと大学在学中のアルバイト)からつまづいた人間だ。WAIS-Ⅲでいうと言語理解が高く、作動記憶が平均レベル、知覚統合が一番低くて、処理速度もかなり遅いといった具合である。私個人の意見になってしまうが、学校と会社のどこが違うのか、就職先でつまづいたポイントはどこなのか、ここで考察していこうと思う。
 
 

①「はじめから」を選択できない

 
 
皆さん、ゲームはお好きだろうか。最近メジャーになったソーシャルゲームではなく、ニンテンドースイッチみたいなゲーム機で遊ぶ、いわゆるコンシューマーゲームのことである。ゲームは素晴らしい。なぜなら、プレイするとき、「はじめから」を選択できるからだ。最初に操作方法を手取り足取り教えてもらえ、簡単なステージから挑戦することができ、ゲームをクリアするころには一通り操作方法をマスターできる。
 
 
こんなことをいうと些か「ゲーム脳」っぽいが、学校というステージも「ゲーム」寄りの一面があると思う。境遇の似たプレイヤーが、4月から一斉に1年の活動を始める。学校の勉強は基本的に簡単なものから積み上げていく形だし、人間関係の構築も全員同じ地点からスタートすることになる。
 
 
一方、就職先である会社や役所はそうではない。電話や来客対応など、雑用といわれる仕事も適性がなければ地獄だし、クライアント次第で年次が浅くても突然難しい案件に挑戦することもあるかもしれない。さらに、就職後は、すでに出来上がっている人間関係の中に飛び込むことになる。ピンとこないという人は、映画館に行くつもりが遅れてしまって、新作映画を途中から観ることになったらどうなるか考えてみてほしい。最初の部分を観てない状態で映画の世界観やあらすじ、登場人物を把握するのは、思いのほか難しいはずだ。上下巻ある本の下巻だけを読むようなことを、就職後は当たり前のように要求されるなんて、誰が信じられるだろうか?それを、能力の凸凹が多い発達障害者が挑むことになったら…。
 
 

②ルールがお客様の方を向いている

 
 
ゲームの話に戻ろう。ゲームの世界はプレイヤーに楽しく遊んでもらうために組み立てられている。自分たちがお客様なわけだから、ルールが非合理だとか、納得がいかないということは比較的少ないのではないだろうか(ルールが破綻しているゲームは今の時代、最低のレビューがついて売れないだろう)。「ブラック校則」とか、部活動の不合理さとか、システム上の問題が取り沙汰されている学校も、一応サービスの受け手は生徒たちだから、問題があっても正面から議論することができる。
 
 
しかし、就職先である会社や役所は別で、お客様が神様だ。お客様にお金を落としてもらうためであれば、多少ルールを曲げることだってあり得るし、お客様の怒りを買えば客観的に悪いことでなくても組織内の評価が下がるなんてことも十分あり得る。また、経営上の視点、つまり「儲かるかどうか」という視点も加わるから、長時間労働とか男女差別とか、客観的に見て明らかにアウトな慣習がまかり通ってしまうこともある。そしてその不合理なルールの多くは、妥当性の議論すらされないのである。
 
 
私はADHD診断済であるとともに、ASDグレーでもあるのだが、こういった茶番を目撃すると途端にやる気がなくなってしまう。こういう傾向のある発達障害当事者、案外いるんじゃないかなあとひそかに思っている。
 
 

③ガチ勢ばっかり

 
 
私が本格的にADHDを疑い始めたのは、国税局に就職した直後、税務大学校で3か月間の基礎研修を受けたときのことだ。学生時代からガリ勉だったので勉強には自信があったにもかかわらず、成績が伸び悩んでいたのである。細かいミス対策のための時間が、どうも足りない。学習時間の捻出を試みるが、カリキュラムはギリギリの日程で組まれているから、うまくいかないのだ。
 
 
種明かしをすると、細かいミス対策の時間は健常者には必要なく、きわめて燃費の悪い頑張りを強いられていたのは私だけだった。要は、私が優秀だったわけではなく、学生時代までは周りが手加減してくれていただけだったのである。将来の出世やお金が絡む以上、会計が得意な人間はいくらでも頑張るようになるし、まして税理士試験経験者など、そもそものスタートラインすら違っている人もごまんといた。いったん勤め人を始めると、浅はかな努力では勝てない「ガチ勢」に突然囲まれるのは、こういった理屈である。

 

他のステージでつまづく人もいる

 
 
ADHDの一個人が就職でつまづいた理由を振り返ってみたが、つまづくのは就職が原因とは限らない。大学時代につまづいた友人を知っているし、私も多少その自覚がある(そのうち大学についての記事も書くつもりだ)。
 
 
また、私は専門外だが、結婚や出産を機に気づく人もいるらしい。よく聞くのが、お子さんが発達障害の診断を受けて、実は自分もだった、というパターン。自分が診断されて間もないころはそういった記事をよく読んだものだが、それ以外のパターンをあまり聞かないので、この記事をお読みいただいた当事者の皆さんにおかれては、診断のきっかけとなるつまづきを、そっと記事に書いてはいただけないだろうか。どうぞご検討いただきたい。

【ADHD解説】お風呂はなぜ面倒なのか

 

メンタル不調の通過儀礼

 
湯船につかりながら、この記事の構想を練った。ひたすらに、入浴が面倒だからである。
 
 
メンタル不調を一度でも経験したり、ADHDをはじめとした発達障害を持っていたりすると、不思議なことに、「お風呂に入る」というコマンドキーが重くなる。ツイッターを散歩していると、「風呂を倒した」という言い回しがやたらと乱用されているので、私だけの症状ではないと推測している。通過儀礼といってもいいくらいだろう。
 
 
私自身、元々風呂があまり好きではない。一人暮らしを始めてからは入浴できる時間が自由になって楽になったのと、入浴剤など多少の設備投資をしたのとでいくらか改善した。また、体調管理には湯船に入った方がいいことを悟ったのである程度長湯もするが、しなくていいならそれに越したことはない、とすら思っている。コンサータストラテラの副作用でやたらとのどが渇くから水が飲みたくなって仕方ないし、どういうわけか昔からすぐのぼせてしまうからである。「風呂が面倒くさい」という症状がありふれたものだということはここ数年でよくわかり、それなりに安心したものだ。しかし、「なぜ面倒なのか」という問いの答えについては、だれもつぶやかないし、検索しても出てこない。この際なので、お風呂がなぜ面倒なのか、この場で考察してみることにした。
 

ある家事との共通点、ただ一つの相違点

 
 
まず、ネットの意見も参考にし、風呂が嫌いになりがちな理由を並べてみる。
 
 
  • 風呂掃除やスキンケア、ドライヤーなど、必要な工程が多い
  • 上記工程がマルチタスクになりがち(湯はりのミスとか何回やったことか)
  • 洗濯物が増える(風呂をスキップすれば増えない)
  • 時間がかかる
  • マイナスをゼロに戻す作業に過ぎないから、充実感がない
  • 投資をすれば楽しくならないこともないが、やたらとお金が掛かる
  • 「風呂は楽しくて意義あるもの、女性はきれい好き」というイメージがつきまとっている
  • 自分の体型(≒女性性)がもろ分かりになってしまう
 
 
ここまで書いて驚いた。上記の理由、料理が嫌になる理由とほぼ同じではないか。
 
 
  • 買い物や洗い物など、必要な工程が多い
  • 上記工程がマルチタスクになりがち(怖いのでADHDの私は自炊しないことにしている)
  • 洗い物が増える(外食すれば増えない)
  • 時間がかかる
  • 空腹を元に戻す作業に過ぎないから、充実感がない
  • 投資をすれば楽しくならないこともないが、やたらとお金が掛かる
  • 「料理は楽しくて意義あるもの、女性は料理してしかるべき」というイメージがつきまとっている
  • 自分の料理技能(≒女性性)がもろ分かりになってしまう
 
 
私は料理が大嫌いで、ADHDなのもあり今後も絶対に手を出すつもりはないが、外食や食材の宅配など、外注する手段はいくらでもあるので、さほど苦労はしていない。なにより、最近は料理について社会の圧力が少なくなった。「メンタルが弱ったときは無理をするな」という言説がメジャーになったから、これだけリソースを割く料理という作業を強要する人は、ただの人でなしとして断罪されるだろう。しかし、入浴作業は別だ。スキップしすぎれば身体に影響が出るし、よほどのことがなければ外注できない。面倒な工程が満載なのに、である。
 
 

風呂を倒すには

 
 
風呂が嫌いになる理由が分かってすっきりしたが、それによって嫌いな度合いがましになったり、スキップする手段が見つかるわけでもなかった。前述のとおり、風呂はスキップしすぎると皮膚や自律神経に悪影響が出るし、セルフネグレクトが加速してメンタルがますます消耗する原因にもなるので、依然として毎日倒していく必要はありそうだ。
 
 
今風呂に入るのがしんどくて困っている人に私から一つ提案するとすれば、ほかの作業の優先順位を下げることが大事なんじゃないか、ということである。料理や掃除など、ほかの家事の工程を設備投資や外注で減らしたり、最悪後回しにすることで、風呂を倒すためのリソースを死守するしかないのだと思う。
 
 
もしくは少々非現実的になるが、ビジネスホテルに何日か泊まってほかの家事を一時停止させるとか。お金と宿泊のための準備が少し必要になるが、非日常感も味わえるので、メンタル回復に役立つかもしれない。
 
 
まとまってないですが、今回はこのあたりで。
 
 
今週のお題「お風呂での過ごし方」

【ADHD解説】メンタル不調者のいう「体調不良」とは何か

 
こんな経験はないだろうか。
 
 
うつ病による休職から復帰した同僚が、度々会社を休む。一応メールはくれるが、「体調不良のため」とだけ書いてあり、理由が釈然としない。うつ病はあくまでメンタルの不調であって身体の不調ではないから、こいつはズル休みしてるんじゃないか?
 
 
体調不良。ADHD診断済+ASDグレーで、税務署の労働環境が合わなさ過ぎて適応障害になった経験のある私も、ついつい使ってしまっていた言葉だ。「体調不良で急遽会社を休むことになったとき、病状をどこまで話すか」という問題はさておき、うつ病をはじめとしたメンタル不調者は、なぜ「体調不良」というぼんやりした言葉を使うのか?日頃後ろめたさも感じていたので、この場を借りて解説してみようと思う。
 
 

①いろいろな症状がありすぎて説明が大変だからぼかしている

 
 
冒頭のエピソードについて最初に訂正しておくが、診断がうつ病(うつ状態)であっても身体的な症状はわんさか出る。脳がバグることで、指示先である身体もバグってしまうのである。しかも厄介なことに、こうして出現する症状の種類や程度は非常に個人差が大きい。食欲がなくなる人もいれば、頭痛に悩まされる人もいるし、吐き気が止まらなくなる人もいる。いろいろな症状が次々出現するうえ、そのことを知っている人もあまり多くないので、説明が面倒になって「体調不良です」と表現せざるを得なくなる、というわけだ。
 
 

②本当は病状を説明できるが、引かれそうな内容だからぼかしている

 
 
明確な症状があり、説明もできるが、大々的に伝えるのは社会的にまずいからぼかしている、という可能性もある。例えば、電車に乗れなくなってしまったとか、幻覚や幻聴があるとか、フラッシュバックが起きてしんどくなってしまったとか。こういう事情がある場合、無理やり理由を聞きだしても双方気まずくなって終わるだけなので、想像力を働かせ、そっとしておいた方がいい。
 
 

③「表向きの自分」を演じるリソースがない

 
 
ADHDだけの症状なのかはわからないが、毎日社会に適応することで消耗しきってしまい、「表向きの自分」を演じるリソースがなくなってしまうことがある。ADHDが「表向きの自分」を忘れると悲惨だ。集中力を保てなくてミスを連発するし、不用意な発言をして場を凍り付かせるかもしれない。こうなった場合、「表向きの自分」を演じるためには体力を回復する必要があるから、仕事が暇な時期であれば、「体調不良」とだけ申し上げてお休みを頂くことにしている。
 
 
個人的には、メンタル不調に陥ったことある人は、この感覚、わかるんじゃないかなと思う。仕事がない日はまず元気な時にしか外に出ないから、「元気のないメンタル不調者」は健常者に認識されないのである。だから、「うつは甘え」とか言い出す輩が出てくるのだ。
 
 

そもそもの原因=精神疾患への偏見

 
 
この問題、そもそもの原因は精神疾患への偏見にあると思う。「風邪をひいてしまったので、今日は休みます」は許されるのに、「うつ病がひどくなったので、今日は休みます」と言うのはなんとなく許されないような雰囲気が、社会にはまだ存在している。うつ病も風邪と同じくらいメジャーな病気になったにも関わらず、だ。幸い、メンタル不調者にむやみな干渉をするのはよくないということは周知されてきつつあるので、それは救いかもしれない。
 
 
精神疾患への偏見の根っこは根性論や精神論の根強さにあると確信しているので、時代が進むにつれてそういった空気が少しでも軽くなればと願っている。この記事をご覧の皆さん、管理人は何もできなくてすみません。

食事を楽しみたい

先日、ピルをもらいに婦人科へ行った。半年に1回血液検査をする約束なので定期的に結果を聞いているのだが、今回ついに数値に物言いが入ってしまった。曰く、「中性脂肪が低すぎる」と。何故か今回、最低基準値の半分というありえない数値を叩き出してしまったようで、「あなた、ちゃんと食べてる?」とまで言われてしまった。
 
 
「失礼な、ちゃんと食べとるわ」と威勢よく反論したものの、考え出すと次第に自信がなくなっていく。というのも、自分は昔から食べることにさほど興味がないのだ。自炊はしないから外食はそこそこするがチェーン店で十分だし、不味い店よりも不潔な店のほうが許せない。ウニとか大トロとかカニとか、高級食材にも全く興味がない。いわゆるバカ舌なのだ。ただでさえバカ舌なのに、ADHDが発覚してからというもの、コンサータストラテラを両方飲んでなけなしの食欲を殺しまくっているわけだから、そりゃあ食事の量が減るのも無理がない気がする。
 
 
話は前後するが、食事に興味がない人は、実家の食事環境に恵まれてないことが多いという。医者から聞いたとき、こんなところにも親ガチャが、とそれはそれは虚しくなった。確かに、実家時代の食事風景は荒んでいて、足りなくなるのが嫌だからと食べきれないほど料理を作り、無理に平らげてはもう食べたくないとこぼす母、不機嫌さでその場を支配する父、母の甘やかしを真に受け、ふんぞり返って食事をする弟に囲まれていたから、食事はなるべく避けたい工程だったと言える。そんな人、他にいるだろうか。きっと、たくさんいるんだろう。
 
 
幸いなことに私はもう実家にはいないので、今月は少しだけ食事に興味を持とうと思っている。実家時代の憂鬱な記憶を塗り替えるような出会いが、あればいいのだけど。そう思いながら、頑張って毎食テーブルに就いている。
 
今週のお題「今月の目標」