ココロのオオウラ

ADHDとメンタル、障害者雇用の話

障害者雇用、精神障害者に冷たすぎ問題

障害者採用ページに載らない精神障害者

 
インターネットが当たり前になった現代、就職活動もインターネット経由が基本となった。直接応募するもよし、エージェント経由で応募するもよし。いずれにせよ、面接にあたっては当該企業のウェブサイトを、端から端まで読み込むことになる。目玉は採用のページだ。大抵新卒採用と中途採用とに枝分かれしていて、それぞれ「こんな人材を求めてまっせ」みたいな言及があったりする。
 
最近は障害者雇用に力を入れている企業も多くなったようで、特例子会社でなくても障害者採用のページにありつけるようになった。
 
素直に喜びたくなるが、どうにも違和感が消えない。某テレビ局の、某チャリティー番組を彷彿とさせる、違和感。私の性格が悪いせいではないはずだ。それもそのはず、この手のページ、こぞって出てくるのは身体障害者だけなのである。
 

身体障害者に甘える採用担当者

 
先ほどは企業のウェブページを槍玉に挙げたが、人材紹介会社の客寄せページに出てくるのも身体障害者ばかりだ。だから何だ、と言われそうだが、身体障害者の方がそれだけ実績が多いことを物語っている。理由としてよく言われるのは、まず、身体障害者の方が障害者の法定雇用率算入の歴史が長く、安心して雇えること。そして、身体障害者は背負っているハンデが分かりやすいので、配慮もしやすいということ。見た目で分かりやすいから、罰金を払いたくないがために作った採用ページを盛り上げる要員にすることもできるはずだ。
 
実際に転職活動をしてみて、ADHDをはじめとした精神障害者身体障害者に比べて非常に不利なことを、嫌になるほど体感した。私は障害者雇用と並行して一般雇用での転職活動も行っていたが、ほぼ同じ内容の履歴書と職務経歴書を提出しているのに、障害者雇用の方は書類選考で落とされまくったのである。不採用理由は判で押したように「用意できるポストがなかったから」。あまりにも件数が多く、反応が早かったので「あんたら、探す気ある?」と声に出してキレてしまったのは、いい思い出だ。懐かしいなあ。
 

せっかくなのでワースト面接をさらす

 
私が障害者雇用の面接を受けたのはたったの5回くらいだが、それだけしか受けていないのに失礼な面接官のオンパレードだった。何が腹立たしいって、私が精神の手帳持ちでなければこんなこと言わないんだろうな、というのが手に取るように分かったことだ。
 
せっかくなので、私が受けた中で一番腹が立った障害者雇用の面接をこの場でさらしてやろうと思う。私にお金があれば当該企業の株を買い占めて株主総会で文句を言い、経営陣を真っ青にしてやりたかった。そうすればニュースで話題になるかもしれないが、しがないサラリーマンである私は、あいにく、行うに及ばない。そう、採用担当者の最後の尊厳を守るために社名は伏せるが、驚くことにこの会社、口に出したら誰もが反応する、通信系の超有名企業なのである。
 
最初の印象は良かった。「わからないことも多いが、実りある面接にしたいので、気づいたことがあれば言ってほしい」と、男性面接官とそのアシスタントである女性職員が迎え入れてくれた。しょっぱなから「志望動機は?」と聞かれたあたりから暗雲が立ち込めてきたが(今時志望動機を聞くなんて、ナンセンスだと思っている)、まあよくあることだ。お決まりのやり取りを終え、さあ本題に入ろうといったところで、面接官は言った。
 
「うちは障害者雇用の経験がまだ少なくて、雇ったことがあるのは身体障害者の方数名だけなんです。仕事に必要な物理的な支援はしているけれど、とても優秀な方々で、健常者の方々と同じように働いてもらっている。最初に言っておきますが、うちでは精神的な支援はできないので、そこは理解して入社してください。」
 
は?って思いませんか。この採用担当、仕事してねえのに何様だ。
 

人材じゃなくて、自分がやった支援でドヤ顔してよ

 
「気づいたことがあれば言ってほしい」と言われていたので、その場で異議申し立てをすればよかったのだが、あまりにも方向性が明後日だったので、ドン引きして何も言えなかった。一連の発言で分かったのは、障害者採用で雇われた当該企業の職員が優秀であることだけだ。この採用担当がどんな支援をしたかなんて、1秒も触れられなかった。ここに出てくる身体障害者の方は全員聴覚障害を持つ方と聞いたので、おそらく筆談環境の整備とか、本人が要求する最低限の物理的支援はしたのだろう。でもそんなこと、ガキの使いでもできる。自分が言ったことしか支援が受けられないなんて、障害者が働きやすい環境とはかけ離れているんだろうなあ、とその身体障害者の方にいたく同情してしまった。
 

「精神的な支援」って何なんだ

 
この面接官はADHDをはじめとする精神障害者に「精神的な支援」が必要だと思っているようだが、精神的な支援って、いったい何を指しているのだろう?あまり考えたくないが、私が極端に気が弱かったりして、何かある度に慰めが必要だとでも思っているのだろうか?それに、前述の身体障害者には精神的な支援が必要ないのだと思っているのだとすれば、それはそれで問題だ。ただでさえ少ない配慮(推定)のもと、健常者と肩を並べて働くのがどれほど精神的に堪えるか、こいつは何もわかっていないことになる。いずれにせよ、ADHDに対して何も知りません」「障害者雇用なんてどうでもいいです」と自分から言っているようなものだ。恥ずかしくないのだろうか。
 

息をひそめて未来を待つ

 
言うまでもないが、この企業から内定は出なかった。どうせなら面接を通過して、こちらから辞退してやりたかったが、そううまくはいかないものである。
 
ひとつ負け惜しみを言うとすれば、精神障害者が障害者の法定雇用率に算入できるようになった今、未だに身体障害者にこだわっている企業は時代遅れだということだ。障害者全体に占める身体障害者の割合は確か3割に届くか届かないかくらいで、そのうちのほとんどが40代以降らしい。圧倒的多数を占めていて若手人材も多い精神障害者を最初からはじく企業様なんてものは、近いうちにオワコンになるだろう。
 
私は、ADHDをはじめとした精神障害者が企業の戦力としてカウントされる日を心待ちにしている。何年か後になっても問題ないように、息をひそめて今の会社で生き延びようと思っている。救いのない内容ですみません。